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Research and Discoveries

 「細胞外環境」とは、個々の細胞を取り巻く細胞固有の生体内環境のことです。その特性は、細胞の挙動や運命に大きな影響を与えるため、器官の発生、恒常性、病気の発生など、様々な生命現象において重要な役割を果たしています。当研究室では、「Environment dictates behaviour(環境が挙動を規定する)」というコンセプトの元、細胞外環境が細胞の挙動と運命をどのように制御しているのかを研究しています。具体的には、主に、哺乳類の皮膚をモデルにして、幹細胞と細胞外マトリックスとの相互作用が、器官の発生と再生を制御する機構を研究しています。当研究室の究極の目標は、細胞外環境の理解とデザインにより、生命現象を細胞外から操作することです。

1. 幹細胞と細胞外環境の相互作用の分子・細胞基盤の解明

 幹細胞はニッチと呼ばれる特殊な細胞外環境で維持されています。ニッチは、幹細胞が組織の発生、維持、再生にどのように関与するかを制御する重要な要素です。しかし、幹細胞がどのような分子・細胞メカニズムで細胞外環境と相互作用しているのかは十分解明されていません。我々は細胞外マトリックスの役割に着目して、以下の研究を推進しています。

 細胞外マトリックス(ECM)は、細胞に構造的、物理的、生化学的なシグナルを与える細胞外の高分子3次元ネットワークです。幹細胞ニッチにおいてもECMは重要な役割を果たしていると考えられていますが、その分子実体と機能の多くは未解明です。我々は、マウス皮膚において、300種類ものECM遺伝子全体のmRNAとタンパク質の組織局在を網羅的に解析し、「皮膚ECMアトラス」を作成しました(Tsutsui et al., Nat Commun 2021)。 このECMアトラスは、幹細胞とニッチとの相互作用を理解するための強力な基盤であり、以下の一連の発見に貢献しています。

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- 毛包幹細胞の基底膜は筋細胞ニッチである

 毛包幹細胞(上記イラストの赤い細胞)が基底膜タンパク質であるネフロネクチン (NPNT) を分泌することで、立毛筋前駆細胞の発生と毛包バルジへの接着を促進することを明らかにしました (Fujiwara et al., Cell 2011)。

- 毛包幹細胞のECMが触覚ニッチを規定する
 毛包幹細胞の亜集団(上記イラストの紫の細胞)が、ECMタンパク質であるEGFL6(右図の緑色)を介して感覚神経(右図の赤色)の末梢部と相互作用することで、皮膚の触覚が生み出されることを明らかにしました (Cheng et al., eLife 2018)。

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- 異種組織を一体化する細胞外環境の特性を解明
 皮膚の毛包周囲の基底膜の組成を網羅的に解析し、基底膜が異なる組織をつなぐ多様な組織間インターフェースを形成していることを明らかにしました 。特に、毛包の再生を制御する毛包幹細胞と線維芽細胞とのインターフェースには、突起状の基底膜「フック基底膜」が存在し(右図白色)、それが線維芽細胞の活性化と空間配置の維持、そして毛包の再生を制御していることを示しました (Tsutsui et al.,
Nat Commun 2021)。

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- 幹細胞がニッチとして機能する

 我々は、幹細胞はニッチに対する単なるレスポンダー(応答者)ではなく、周囲の細胞の運命や挙動を制御するシグナルを積極的に送っていることを示しました。すなわち、上皮の基底層に存在する多様な幹細胞が、基底膜を挟んで向こう側に存在する立毛筋前駆細胞 (Fujiwara et al., Cell 2011), 感覚神経 (Cheng et al., eLife 2018), 脂肪前駆細胞 (Donati et al., PNAS 2014) そして線維芽細胞を制御するシグナルを送っていることを明らかにしました (Tsutsui et al., Nat Commun 2021) (上記イラストの右拡大図)。幹細胞の不均一性や多様性は、幹細胞生物学の重要な問題ですが、我々は、性質の異なる上皮幹細胞からなる区画が、間充織細胞のニッチとして機能しているという新しい考え方を提唱しました (Fujiwara et al., Dev Growth Differ 2018)。上皮組織の基底膜は、これら幹細胞と周囲細胞との相互作用のインターフェースとして機能しています。

2. 幹細胞とその細胞外環境の発生起源

 成体幹細胞とその細胞外環境との相互作用ネットワークの構築原理を理解するためには、時間をさかのぼる必要があります。具体的には「幹細胞と細胞外環境が発生過程でどのように出現するのか」という問題になりますが、この問題は多くの器官で未解明です。その要因の一つは、幹細胞の前駆細胞を特定するマーカーが見つかっていないことです。

 そこで我々は、マーカーに依存しない4次元(3次元+時間)イメージングと経時的なシングルセルトランスクリプトミクスを組み合わせて、毛包の多様な上皮細胞の発生起源、細胞系譜、および遺伝子発現の動的変化を網羅的に明らかにしました(左下ムービー)。その結果、毛包内の多様な上皮幹細胞の前駆細胞が、毛包の原基である毛包プラコードの基底層に2次元の同心円パターンを形成し、それらが間充織側に向かって成長しながら、垂直に配置された3次元の筒型の機能区画を構築することを明らかにしました。

 さらに、バルジ領域に位置する毛包幹細胞(右下図の赤い細胞)が、プラコードの最外リング領域から発生すること、そしてこの領域で成体バルジ幹細胞の特徴の一部がすでに観察されることを発見しました。我々は、この伸縮式の望遠鏡が伸びるような多細胞ダイナミクスを「テレスコープ動態」と名付け、それを支える理論として「テレスコープモデル」を提唱しました。(Morita et al., Nature 2021). テレスコープ動態は、複雑で動的な器官形成を支えるパターニング機構と幹細胞の誘導機構を、多階層で協調させるために不可欠な多細胞ダイナミクスであると考えています。今後、このモデルを基盤にして、幹細胞とその細胞外環境の誘導メカニズムや、毛包をはじめとする体表の多様な器官の形成原理(テーマ3を参照)が明らかになると期待されます。

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3. 皮膚の表現型多様性

​ 地球上のあらゆる環境に適応するため、皮膚は身体部位や種に応じて多様な表現型を持つように進化しました。例えば、頭の皮膚には毛が生えますが、手のひらには毛がなく、代わりに指紋が形成されます。しかし、皮膚の前駆細胞や幹細胞が、どのようにして特定の表現型をもつ皮膚を形成し、再生するのかはほとんど分かっていません。

 本テーマでは、皮膚の発生、再生、進化において多様な表現型を生み出すメカニズムの解明を目指します。その鍵となるのが、先述のテレスコープモデルです。このモデルでは、毛包プラコード内で2次元の同心円状の細胞と遺伝子発現のプレパターンが形成され、それが間充織側に向かって成長しながら、縦方向に整列した機能区画が形成されます。実は、これと同様のリング状の遺伝子発現パターンは、マウスの乳腺やニワトリの羽毛などの他の外胚葉性付属器のプラコードでも観察されます。さらに、ショウジョウバエの脚原基でも同様のパターンが見られます。したがって、異なる外胚葉性付属器であっても、共通のテレスコープ様の多細胞ダイナミクスや遺伝子発現制御機構が存在する可能性があります。さらに、各器官の発生過程で生じる細胞同士や細胞外環境との相互作用の時空間的な変化によって、異なる表現型が生み出されると仮説することができます。

 この仮説を検証し、細胞外環境の役割を独自の視点から理解するために、様々な体表部位や生物種の外胚葉性付属器の発生と再生プロセスで、上皮、間充織、およびECMの相互作用が時空間的にどのように変化するかを比較解析します。

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